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今、ジャックを振り返る。

2006/08/26 (土)  カテゴリー/F1観戦記

マクラーレンのファン・パブロ・モントーヤがシーズン途中で
マクラーレンに愛想をつかしてシーズン途中で戦線離脱した事は以前書いたが
実はもう1人、F1を去った男がいる。
その前に現役のドライバーでシリーズチャンピオンになったドライバーが
どれだけいるか、ご存知だろうか?たった3人なのである。
途中離脱して色々騒がれたモントーヤでさえシリーズは制していない。
1人は皇帝ミハエル・シューマッハー。もう1人は昨年のチャンピオン、フェルナンド・アロンソ。
そしてもう1人が、ジャック・ヴィルヌーブである。


ジャック・ヴィルヌーブ。伝説のフェラーリドライバー、ジル・ヴィルヌーブの息子。
彼のデビューは鮮烈だった。
1996年のデビュー戦でいきなりのポールポジション。
デビュー4戦目での初優勝。
シューマッハでも、かのアイルトン・セナでもここまでの強烈なデビューはしていない。
まさしくジル・ヴィルヌーブの再来。人はそういったものだ。
この年、彼が駆ったマシン、ウイリアムズ・ルノーは間違いなくこの年最強のマシンで、
F1史上稀にみる平凡な男、デイモン・ヒルをもってすらシリーズチャンピオンにつける力を持っていた。
その最強マシンを駆ってなお、よく考えたら平凡なデイモンに届かなかった。
それを差し引いたとしても、このデビューは鮮烈だったといえるだろう。

そしてデビュー2年目でシリーズ制覇。
ここまで来ると未来の大スターである。
昨年度チャンピオンのデイモン・ヒルは ベテランの域に差し掛かっており、
かつ元チャンピオンとはいえ、いまいちスター性にかけていた。
これからのF1を支えるのはミハエル・シューマッハーをはじめとした若い世代。
ミカ・ハッキネンやデビッド・クルサード、ルーベンス・バリチェロや
さらに若いジャンカルロ・フィジケラ等が台等してきてたものの、
ミハエル・シューマッハーのライバルたりえるほどの輝きを有しておらず、
その中でデビュー2年目でチャンピオンとなったジャックはそのスター性も兼ね備えており、
将来ミハエルとジャックの2大巨頭時代を確信させるにふさわしい輝きを放っていた。
この年のウイリアムズ・ルノーは昨年同様最強マシン。
同僚は移籍してきたばかりの、堅実ではあるが地味な走りが目立つハインツ・ハラルド・フィレンツェンだったので
同僚に勝てるのは当たり前として、この年まだまだマシンが成熟していなかった
フェラーリのミハエルに最後の最後まで追い掛け回された
事をさしひいてもだ。

1998年、ルノーがF1から撤退。ウイリアムズは最強マシンの座から陥落。
マシンの力では勝つ事は不可能になった。ものを言うのはドライバーの力。
思えばミハエルも昨年はウイリアムズには遠く及ばないマシンをドライバーの技量だけで走らせて
最後までジャック&ウイリアムズを追い掛け回した。
果たして同じ事がジャックに出来るのだろうか?
変わって最強マシンに君臨したのはマクラーレン・メルセデス。
フェラーリもマシンとして成熟の域に達してきた。
グランプリを通じて熾烈なバトルを繰り広げるミハエルとミカ・ハッキネン。
ジャックは2人の背中を遠く眺めつつ、確実に入賞を重ね、チームをシーズン3位につける事に貢献した。
ジョーダンやベネトンを抑え、ウイリアムズがコンストラクターズ3位に入った事はまぎれもなくジャックのおかげだろう。
この年、フェラーリとマクラーレン意外はどんぐりの背比べだった事をさしひいても
ジャックの評価はまだ落ちていなかったと思う。

翌年、ジャックは新興チーム、BARに移籍。この選択で全てが終ってしまったと言ってもおかしくはない。
当初BARはジャックのマネージャー、クレイグ・ポラックがジャックのために設立したチームと言っても過言ではなかった。
全てがジャックを中心にしてまわり、マシンもパフォーマンスも全てがジャックのためだった。
しかし、言ってもそれは出来たてほやほやのチーム。
2年前には栄冠を味わった男が完走わずかに3回、シーズン通してノーポイントの屈辱を味わった。

翌2000年、BARはホンダエンジンを搭載。
誰もがジャックの上位復活を予感した。
しかし復活初年度のホンダエンジンはまともに走れたものではなかった。
1999年度のノーポイントよりはましだが2000年、2001年と中盤争いをするのがやっとで、
次第にヴィルヌーブに焦りが見え始め、ジャック中心のはずだったチームの歯車が狂っていく。
2001年には2強の1角、ハッキネンが引退を宣言し、モントーヤ、キミ・ライコネンら若いドライバーが真価を発揮。
時代は変わり、ジャックはもはやベテランの域に入っていた。

2002年以降はチームの体制も変わり、クレイグ・ポラックも追い出され、
チームはジャック中心のチームではなくなった。
むしろ新チーム代表デビッド・リチャーズからは煙たがられ、
2003年にジェンソン・バトンがチーム加入してからは
その速さに圧倒される事もしばしば。
もはやかつての輝きはなく、ミハエルと肩を並べる事も遠い夢となってしまった。
その後、佐藤琢磨に追い出される形でチームを去り(解雇?)
1年間、F1から離れる事になってしまう。

やがてザウバーからF1復帰を果たすが、1年のブランクをおいた後では
かつての速さは影を潜めてしまっていた。
チームメイトにはかなわないが、それでも着実に完走を重ね、ポイントを獲得していったのは彼の技量を物語るものだろう。
そして今年ザウバーチームをBMWが買収。ワークスチームに生まれ変わり、
ジャックの未来に明るい陽が射したように見えた。
ジャックも堅実な走りでポイントを重ね、チームに貢献していった。
しかし突然のシーズン途中離脱。
モントーヤのように自分の意思ではなく、(2度目の)解雇のようなものだ。
当初はポルトガルGPのクラッシュによるケガのための戦線離脱とのことだったが、
どうもそのままお払い箱になったらしい。

モントーヤは離脱した今でもF1関係者から復帰を望む声が聞かれる。
ジャックにはそれがない。
年齢のせいもあるだろう。後期のキャリアでは評価を落としたという事もあるが、
元チャンピオンの引退としては少々、イヤ、かなり寂しい。
デビューが鮮烈だっただけになおさらである。

髪の毛の色をグランプリごとに変えたり、突然CDデビューしたりと奇行も目立ったが
王者シューマッハーを前にしての歯に衣きせぬ発言をくりかえしたり、
インディじこみのクラッシュをおそれぬ派手なオーバーテイクを好んだり(最近はおとなしくなったが)
そのアグレッシブな姿勢にファンが多いのも事実だ。
僕もその1人。もう一度、そのアグレッシブな走りでミハエルとバトルをくりひろげてほしかった。
湧いては消えるF1ドライバーの中でファンの記憶に残る1人であった事は間違いない。
アグレッシブで、ケンカっぱやくて、目立ちたがりで、
その実ドライバーとしてはホントのとこ微妙なんじゃ?と思ってしまう
稀代の名(迷?)ドライバー、ジャック・ヴィルヌーブ。
あなたがまたF1に戻ってくるのを僕らは待っています。

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これはジャック違いね
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テーマ : F1GP 2006 - ジャンル : 車・バイク

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